物事の捉え方で人生は変わる
物事の捉え方で人生は変わる
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同じ物事でも見方によって、印象は変わります。そして印象が変われば、自分の気持ちも変わります。ネガティブな人はよく、事実は変えられないと思いがちですが、あなた以外の人があなたと同じようにその出来事を感じているとは限りませんし、捉え方によっては、その後の展開を当初の想定よりもずっとよいものに変えることができるのです。とはいえ、育ってきた環境や、性格で、なかなか前向きに物事を捉えられない人もいます。付け焼き刃的に表面だけポジティブに考えてみても、苦しくなってしまうこともあります。けれど、物事の捉え方が否定的であるために損をしているとしたら、感じ方を変えて、自分もよりよい人生を送れるようにしたいと思いませんか?誰もが幸せになることは可能です。そして今はたくさんの情報があらゆる媒体から手に入ります。最初からあなたに合った方法が見つかるとは限りません。けれどあきらめなければ見つけることができます。
よりよい日々を過ごすためにできること
だれにとっても辛いこととして、「人を失う」という出来事があります。引越しなどで友人と別れる、という程度のことから、恋人との別れ、「死」による別れ、など別れにも様々な形があります。「死」による別れを経験した人から言わせれば、引越しなどで友人と別れることは、本当に他愛のない比べ物にならないようなことのように思えます。けれど例えば小学生の子にとって、その親友が転勤でいなくなってしまうことは、絶望を意味することもあります。「死」については、昔からいろいろな考え方がありますが、中には肉体が滅びても魂は生き続けていて、また再会できるという考え方があります。これが真実かどうかはわかりません。真実だという人もいるし、否定する人も同じくらいたくさんいます。見えない世界については、古来からインチキな人も暗躍している世界であり、盲目的に信じることは危険です。けれど、「人が死ねば、跡形もなく失われてしまい、二度と会うこともできないし、伝えたかったことも伝えられない。自分も死んでしまえば、無になる」という考え方より、「亡くなった人の魂は天国にいて(どんなに生前は苦しんでいたとしても)今は幸せに過ごしているし、私のそばにいて見守ってくれている。自分もいつか寿命が来て亡くなった時にはまた会える」という考え方は、大切な人を失った後の日々を過ごす際にずっと気持ちが楽だと思いませんか?真実であれば、残された日々を期待と希望を持って過ごすことができ、実際に天国で再会できれば喜ばしいことです。もし真実でなければ、亡くなった人は無となっていてそれはそれで今は痛みを感じていないわけですし、自分自身も死んだ時に痛みもろとも消え去ってしまうのだから、死んでから「嘘だったのか」とショックを受けることもありません。これは、真実であるかにこだわるのではなく、気持ちが明るくなる方の見方を採用してみる、ということです。もちろんどうしても疑われてならない場合は、真実を追求するのもよいでしょう。魂の存在について否定するだけで終わってしまうことが、この場合の最もつらい選択肢といえるのではないでしょうか。人間の作り出した法や感情による善悪というものには一定のルールがありますが、そうではないことについて、物事の捉え方は自由に選択したほうが毎日をよりよく過ごすのに役立ちます。
経験則からネガティブに捉えてしまう場合
ポジティブな見方を採用するのが苦手な人は、よく過去の経験則を持ち出します。つまりポジティブな人は環境が幸せだったからポジティブなだけであって、自分のように辛い思いをしてきたらネガティブになって当然であると考えます。けれど今まで辛い思いをしてきたからといって、これからも辛い気持ちでい続けなくてはいけないわけではありません。確かにこれまでは状況に翻弄されるがままだったかもしれないけれど、それでも「生きてきた自分」を認めましょう。自分のことをほめることも愛することもできなかったとしても頑張ってきたことをまず認めるのです。それだけ苦労をしてきたあなたはそれを乗り越えられる力があったのです。過去にとらわれ続けるのではなく、次のステップへ進むための出来事だったと捉えてみましょう。その出来事が自分がより成長するために必要だった、と思うことができれば、過去の出来事の見方も次第に変わっていきます。慎重な人ほどネガティブになりやすい傾向があります。石橋を叩いているうちに、石橋が割れるイメージが強くなってしまうのです。石橋を叩いて割れなかった時のことを、思い出しましょう。またはこれから確認していきましょう。ネガティブな出来事のほうが記憶に残りやすいと言われています。ポジティブな出来事が起きたらいいな、と期待し、その通りになったら、嬉しい気持ちを存分に味わいましょう。些細なことでも構いません。期待外れの結果になった時は、深く捉えすぎないようにします。その出来事にそれ以上大きな意味を持たせないようにするのです。良いことは存分に味わい、嫌だったことは反省点を踏まえ、それ以上考えないようにしていけば、自分の中の経験則がだんだん変わっていきます。経験則が変われば、物事をすこしポジティブに捉えることができるようになります。
無理やりポジティブに捉えることの問題点
「ネガティブに考えるから、嫌なことが起こる。だからポジティブに考えるようにする」という考え方には少し補足が必要です。たとえば本当は「嫌だ」「苦しい」と思っている人が、自分の気持ちを押し殺して楽しんでいるフリを続けていくと、精神的にも肉体的にも病んできます。「本当は嫌」ならまずはその気持ちを受け止めてあげることが大切です。誰もがそれぞれの考え方を持っています。「本当は嫌だ、でもやりたい」なら「本当は嫌だ」という気持ちと「それでもやりたい」という両方の気持ちを受け止めることで、「だから自分はこういうやり方でやる」という自分なりの解決法がみつかります。ポジティブに捉えるというのは、自分の気持ちを受け止めた上で、それを良い方に方向づけていくことなのです。「本当は嫌」な人が「本当にやりたい」人と同じようにやれば苦しいのです。自分は自分であり、気持ちの面でまで他人に合わせる必要はありません。しかし表面的に人に合わせることが多いことで、自分の気持ちに鈍くなってしまっている人もいます。まずは「私はどう感じているのだろうか?」と振り返ることです。自分の気持ちがわからなくなった時は、ヨガや瞑想などもおすすめです。リラックスしていると、ひらめきのようにわかることがあります。また「私はリラックスしている」と思っても、緊張して体がぎゅっと縮こまっていたりしたら、本当にリラックスしているとはいえません。自分の体の状態がわからない人は、整体や、鍼灸院など他人に体を触ってもらうことで、気付いていなかった自分の状態を教えてもらうこともできます。
「自分の気持ち」と「期待すること」を明確にする
イギリスの劇作家・小説家であるオスカー・ワイルドの言葉に「自分自身を愛することは一生続くロマンスの始まりである」というものがあります。自分の気持ちに注意を払い、どうあれば心地がよいと感じるか、そして自分の倫理観に反しないか、に思いを巡らせることで、自分というものがだんだんわかってきます。そのように自分の心と頭の共同作業で自分にとっての幸せを追求していけば、これまでみえていた世界が違って見えるかもしれません。過去の経験は今の自分にどのように役立っているのか?今ある試練は自分にとってどんな意味があるのか?こんなに苦しいのは単に自分には合っていないのではないか?といったことです。「正しいものの見方」というのはなく、物事は相対的なものです。あなたの世界ではあなたの気持ちが基準になります。自分の感じ方を大切にして物事を捉えてみてはいかがでしょうか。
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